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図を見てください。胃薬の広告でよく見る形ですね。
胃の入り口を噴門、出口を幽門といいます。胃を輪切りにすると、胃の壁は年輪やバームクーヘンのように層になっています。一番内側が粘膜、反対側が漿膜といい、真ん中に筋肉の層があります。癌ができるのは、必ず、一番内側の粘膜の層からです。粘膜では、毎日新しい細胞が生まれては、古い細胞に取って代わっていきます。新しい細胞ができるときに間違いがおきると、癌細胞になるのです。癌細胞の多くは自然と排除されますが、取り除かれず増えていくと癌になります。
癌は、横にも、内側にも、広がっていきますが、もっとも重要なのは壁の中に向かってどこまで深く入り込んでいるか、という点です。これを深達度といいます。深達度が粘膜止まりで、それより深い層に入っていない場合には、内側から胃カメラで削り取るようにして切除できて再発も起こらない段階があります。簡単にいえば、そのような段階の癌が早期胃癌であると考えていただいて結構かと思います。
早期胃癌とは非常に狭い範囲の物言いで、深い層に入っていれば、今述べたように、肝転移やリンパ節転移を起こす可能性があります。転移を起こす可能性がある深さの癌は、たとえ、転移がまだ起こっていなくても進行胃癌であるといいます。全身に転移が広がっている場合は、もちろん進行胃癌ですが、どれだけ調べても転移がない場合でも、粘膜の下の筋肉の層に癌が入入っていれば進行胃癌であるといいます。進行胃癌とは、非常に広い範囲の癌をいうことになります。
また、深い層には、細かな血管やリンパ管が張り巡らされています。もしも癌の細胞が血管に入り、血管の中を流れていくと、どうなるでしょう。胃から流れ出た血液は直接心臓へは帰りません。胃や小腸、大腸、膵臓、脾臓などのおなかの臓器の血流は集まって、門脈という一本の血管になります。癌がさらに深い層に入り込んでいくと、胃カメラでは取り切れず、癌が残ってしまいます。
そして門脈は肝臓へ流れるので、胃から癌細胞が血液に乗って流れると、血液に流れた癌細胞は、肝臓の中で引っかかるのです。そこで大きくなると肝転移がおこります。ですから、胃癌は、肺や全身に転移が起こる前に肝臓の転移が起こりやすいということになります。胃癌が見つかったら、肝転移がないかどうかがよくわかるCTなどの検査を行うことが重要になります。
癌細胞がリンパ管に入るとどうなるでしょう?
リンパ管に入った癌細胞が転移をもっとも起こしやすいのは、胃の壁沿いにあるリンパ節です。胃の壁沿いのリンパ節に転移を起こした後は、リンパの流れに沿って、下流のリンパ節に転移を起こします。しかし、実際にはリンパ管は直接おなかを開けてみても、透明で非常に細く、流れの方向は見てわかるものではありません。しかし、どの方向のリンパ節に転移を起こしやすいかは、よくわかっています。大雑把にいうと、リンパの流れは胃に向かう動脈の横に流れています。胃に向かう動脈の横に逆に胃から遠ざかる方向にリンパは流れていくのです。したがって、胃癌からのリンパ節転移は、胃の壁から動脈の根元に向かって起こっていきます。
リンパ節転移は、CTなどの検査でわかるのでしょうか。残念ながら、はっきりとはわかりません。例えば、癌の近くに3cmの大きさに腫れたリンパ節があれば、まず間違いなく転移していると診断できます。しかし、数mmのリンパ節でも癌はすでに転移していることもあります。逆に、癌が転移してなくてもそれくらいの大きさのリンパ節はざらにあるのです。例えば、顎の下のリンパ節を考えてください。ひどい虫歯ができると1cmくらいのリンパ節が腫れたりすることはありませんか。もちろん、癌が転移しているわけではありません。リンパ節は、癌がなくても炎症などで腫れることはよくあることなのです。ですので、CTなどの検査では、どのリンパ節に転移があり、どのリンパ節には転移が起こっていないのか、診断はできません。PETでも、数mmのリンパ節は転移であるかどうか診断できません。では、どうすればよいのでしょうか。胃癌の手術では、癌が転移しやすいリンパ節はあらかじめ胃を一緒に切除してしまいます。
胃の手術でもっとも多く行われるのは、幽門側胃切除術です。なにやら難しい名前ですが、最初に述べましたように、幽門とは胃の出口のことです。つまり、幽門側胃切除術とは、胃の出口側を切り取る手術ですよ、ということです。進行胃癌に対して幽門側胃切除術を行う場合、胃の出口側2/3以上を取ることが標準とされています。幽門に非常に近い場所にできた癌であっても、進行癌であれば、2/3以上を取ります。これはなぜか。胃は流れてくる動脈は、大きなものが4本あります。胃癌があった場合に、転移をしやすい場所のリンパ節を一緒にとってくる、そのためには、癌の場所ぎりぎりで取ってくるのではだめで、少なくもと2/3は取る必要があるのです。
さて、胃を切ったあとはどうやってつなぎ直すのでしょうか。
幽門側胃切除のあとのつなぎ方は、主に三種類のつなぎ方があります。(図)
1. ビルロートI法
2. ビルロートII法
3. ルーワイ法
胃切除の最初の成功例は1881年といわれており、100年以上前から行われている手術です。この三通りのつなぎ方は古くから行われて続けており、それぞれのやり方が廃れていません。ということは、いずれのやり方にも一長一短はありながら、大きく言えば大差がないということです。
さて、ルーワイ法の図をみてください。食事の通り道にならない、十二指腸からの流れを、わざわざつなぎ直すのはどうしてでしょう?十二指腸には、肝臓から胆汁が流れてきます。また膵臓から大切な消化液である膵液も流れてきます。これらを食事の流れに合流させるために、このようなつなぎ方をしているのです。
十二指腸と残胃が、十分とどく距離にあれば、もっともシンプルなつなぎ方であるビルロートI法でつなぎます。とどかない距離にあれば、ビルロートII法かルーワイ法でつなぎます。
さて、胃癌に対する胃切除術を行うとすると、開腹手術では図のような傷でおなかを開けます。みぞおちの骨から臍の下にまで達する大きな傷です。これでは、手術の後、とてもお腹が痛くてしょうがないですね。最近では、このために腹腔鏡で手術が行われることが多くなっています。腹腔鏡下胃切除術の傷は図のようなものです。要するに、一つの大きな傷の代わりにいくつかの穴を開けて行う手術です。穴からお腹の中に腹腔鏡を入れます。腹腔鏡は小指くらいの太さで、胃カメラとほぼ同じようなものですが、お腹の中を写した画像は外のモニター(テレビ)に映しだし、そちらを見ながら手術をします。ほかの穴から長い金属製の鉗子を使って手術をします。カメラで大写しにして手術をしますので非常に精密な手術ができますが、長い棒の先で行う手術ですので、かなりの慣れが必要です。
腹腔鏡で傷が小さくなると、痛みが小さくなります。痛みが小さくなると、手術のあとリハビリが早く進み、早く回復できます。「もう私、ビキニ着るわけじゃないし、ばっさり大きく開けてもろたらええですよ」とおっしゃるおばあちゃんもいらっしゃいますが、腹腔鏡手術で傷を小さくするのは、美容のためではないのです。手術のあと、寝たきりになってしまったりしないよう、お年寄りのほうが腹腔鏡手術は価値があります。
胃癌が進んでいく形には3通りあります。
1. 血行性転移
2. リンパ行性転移
3. 播種
それぞれについて説明します。
血行性転移
胃の壁の深い層に入ってくるとその中には細かい血管やリンパ管があります。
深い層にどんどん癌が入り込んでいくと、壁を抜けて反対側の漿膜まで癌が出てしまうことがあります。そうすると、癌は胃の外に裸で丸出しになりますが、そこから癌細胞がお腹の中全体にばらまかれてしまうことがあります。これを播種といいます。播種とは、種を播くという漢字を書くとおり、癌がお腹中にばらまかれることです。血に乗って流れた先で肝転移を起こした場合、 CTやPETで肝臓に転移が判明したとします。その肝転移が起きるまでには、胃癌の細胞は血液に乗ってながれてきたわけです。ほかにも癌細胞は肝臓に流れてきており、CTやPETでうつらない細かな転移がすでにある状態だということです。CTやPETで大動脈の周囲にリンパ節転移が判明したとします。胃の近くのリンパ節は胃と一緒に切除するといいました。しかし、胃の近くのリンパ節に転移した癌は、さらにリンパの流れの下流へ順に転移していきます。これが大動脈の周囲までいたると、大きく意味合いがかわってきます。大動脈の周りはいわばリンパ流の高速道路みたいなもので、非常に大きなリンパの流れになります。ここまで癌細胞が到達していると癌細胞はリンパの流れに乗って全身へと流れているわけです。